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三浦 要

代表取締役 社長

三浦 要

出身地は神奈川県。横浜市の西区浅間台にて生まれ育つ。父の旧姓は小泉で、某元首相の遠縁にあたる。
現在は社長として経営の舵取りのみならず、新規プロジェクトの立案、営業、さらにはシステム開発の現場まで一気通貫で携わるプレイング・マネージャーとして陣頭指揮も執っている。

幼い頃より「組織を統率し、責任を担うこと」に強い関心を抱く。小学生の頃からクラブ活動では面倒を厭わず、可能な限り“長”が付く役職に就くなど、幼少期からリーダーシップを発揮することを好んでいた。

中学校時代には、10クラス対抗の合唱コンクールで2年連続(2年生・3年生時)指揮者を務め、その高い指導力と表現力が評価され、2回とも最優秀指揮者賞を受賞。 また、ボーイスカウトの様な三浦独自のサークルを組織し、団員が20名を超える規模にまで成長させた。その謎の組織の存在は他校にも噂が届くほどであった。 高校時代には、目立ちたがりという気性も手伝い、入学直後の1年生1学期にして「学校運営の是正」を掲げ生徒会副会長に立候補。先輩方の共感を得る堂々たる演説により当選を果たす。こうした周囲を巻き込む行動力と大胆さは、当時から際立っていた。 あらゆる場面でリーダーとしての適性を高く評価され、イベントのたびに大役を任される経験を重ねる中で、三浦は「人から必要とされる喜び」を深く実感する。これが、後の「適材適所で組織を最適化する」という経営哲学の原点となった。

欧米音楽への傾倒から海外への強い憧れを持ち、寝る間を惜しんで複数のアルバイトを掛け持ちして計画的に資金を調達し、18歳にして世界放浪の旅へと踏み出した。19歳でオーストラリアを現地調達のバイクで一周。続いて米国も同様にバイクで縦断し、そのまま勢いで世界一周旅行に転じたので、20歳時点での訪問国数は24カ国(現在は50カ国以上)に達した。異国の地で様々な人々に出会い、時に喜び、時に感動し、時に騙され…世界放浪で学んだ「人間学」と「インターナショナルな視点」が、現在のグローバル経営の礎となっている。

この放浪の最中、イスタンブール滞在時に「開業資金を貯め、輸入商社を起業しよう」と決意。帰国後はその夢の実現に向け、血の滲むような努力を重ねることとなる。

その努力とは…弊社を興す以前の最終職歴は、ソフトウェア開発業界で開発技術者であったが、ソフトウェア開発者という前職からは想像もつかないが、IT業界に転身する前、三浦は当時過酷な環境で知られた東京佐川急便のセールスドライバー職に身を置いていた。夢である輸入商社を開業する為に、起業資金を貯めるため約3年間、脇目も振らず執念で働き抜く。城東店1995年度上半期には、在籍約200名の中から最優秀セールスドライバーに選出されるなど、圧倒的な成績を残して度重なる昇給により資金を蓄えた。しかし、長引く不況の波に押され、目標としていた輸入商社の起業は断念を余儀なくされる。タイミングが悪かった…。

転機となったのは、当時目覚ましい進歩を遂げていた「ソフトウェア」への注目だった。目標を見失い佐川急便を退社後、時代を先見して未経験からシステム開発業界へ転身。一日も早く立派なシステムエンジニアとして就業するべく、一生懸命に各種プログラミングの勉強に励む。業務時間外でも、長い通勤時間を利用して分厚いC言語の本を読んだ。殺人的な満員電車の中でも立ちながらメモ帳上や脳内でプログラミング学習に励むという、ドライバー時代に培った圧倒的な根性と集中力で技術を習得した。やがてシステムエンジニアの仕事に天職としての喜びを見出すようになる。佐川急便時代の辛苦が報われるかのように、その後は幸運にも恵まれた。IT業界で短期間ながらも十分にキャリアを積んだ1998年、参画していたプロジェクトの完了に伴う有期雇用契約の終了を機に独立を決意。当時、三浦と同じような境遇の仲間が何人かいたが、その中から三浦と志を共にする二人を誘い、同年9月に、当社サンテクニカルを創生した。

冒険を愛する三浦は、いつかスーパーカブで中国・大連からロンドンまで走破したいという夢を持つ。現在は社務多忙につき実現の機会を待つ状態だが、多忙な日々そのものが彼にとっては生きがいであり、充実した「冒険」の一部となっている。「人生は冒険である」という信念のもと、現在は国内業務に加え、欧米を中心とした海外子会社のマネジメントやマーケティング、新規事業の開拓に奔走する日々を送る。また、最近は宇宙工学の研究にも取り掛かっている。各種エンジニア・サイエンティストとの交流、ヘッドハンティングなど、その活動領域は地球規模に広がっており、大忙しの毎日を送っている。

最も尊敬する人は、明治天皇。座右の銘は『初志貫徹』。誠実さを重んじ、欺瞞や不誠実な振る舞いを何よりも排する。趣味は国内旅行、ドライブ、ツーリング、天体観測、映画鑑賞など。

江沢 勝弘

常務取締役 兼 システム開発総合管理室 室長

江沢 勝弘

千葉県出身。
多種多様な開発現場でキャリアを積み、代表・三浦の提唱する事業理念に共鳴して参画。システム開発総合管理室のトップとして、組織の技術水準を牽引する。最先端技術に対しては、周囲が驚嘆するほどの旺盛な好奇心を見せ、未知の領域をすべて吸収しようとする徹底した探究心の持ち主。何事においても常にNo.1を目指す、ストイックな一面を併せ持つ。

血液型は代表と同じくAB型。中学生時代、当時普及していたMSXにてBASICやマシン語を操り、独学でプログラムを組み始めたのが原点である。大学時代は専門学科の枠を超え、「常温核融合」や「高温超伝導」といった難解なテーマを独自に研究。人生の必達事項として、たとえ一瞬であろうとも、何らかの分野において「自身の経営する会社を世界一にすること」を強く誓っている。

自ら経験のない開発案件に飛び込み、現場で業務知識を血肉化してきた。その結果、BASICからCOBOL、FORTRAN77、C、C++/VC++、Java、C#といった幅広い開発言語を習得。実務においては極めて真摯であり、強い責任感を持って任務を遂行する。

かつては年間700本の映画を鑑賞し、月に10冊以上の書籍を読破するなど、関心を持った物事にはトコトン熱中する。

現在は旅行を兼ねたF1観戦やサッカー観戦を趣味としており、プライベートでも「本物の興奮」を追い求め続けている。

松田 直

取締役 兼 総務部 部長

松田 直

出身地は千葉県。
社長の三浦とは30年来の付き合いで、県立幕張北高校(現:幕張総合高校)の科学部で知り合う。江戸時代に日本で初めて地図を作った某偉人の血を引いており、そのDNAの影響か歩くことが大好きで、新しい物事を「開拓する」ことを好む。

中学生時代からポケコンなどZ80系のプログラミングに凝り、この経験を生涯に活かしIT業界に骨を埋めると決意。その志は今に至るまで貫かれている。どちらかと言えばハードウェアを好み、PCはもちろん、自家用車の故障も自ら修理するタイプ。自動車のエンジンはロータリー系を好み、サイドやペリのチューニングなど改造をこよなく愛す。かつては、すぐにブローしてしまう13Bエンジンを、設備の整った自宅にて自ら何度も載せ替えてきたほど。現在は、米国帰国子女である厳格な配偶者の意向もあり、メーカーが手掛けたNA車に小型ターボを搭載する程度のカスタマイズに留める。最近ではジェットエンジンやロケットエンジンの仕組みに強い関心を持ち、研究を重ねる日々を送っている。

性格は「真面目」で「ミスを許さない」実直さがあり、日々責任を持って業務を遂行している。社長と同様、手持ち無沙汰になると不安を感じる性分のようで、管理部門のみならず自らもエンジニアの一員として現場の作業をこなす。常日頃から「人とは違う」という独自のテーマを追求しているためか、非常に独創的なアイデアの持ち主。博識で、人が知らないような雑学が事業遂行の思わぬシーンで役立つことも多い。

将来、先祖に恥じぬ偉業を成し遂げるべく、自社人工衛星を活用したスペースデブリのAI予想マッピング公開サービス事業『INO(仮)』を計画中。まずは自ら宇宙へ行き、既存の情報を一度すべて忘れ、人類で初めて地球を眺めたユーリィ・ガガーリンのような純粋な気持ちで地球を俯瞰することが夢だという。弊社において、宇宙へ最初に飛び立つのは彼になる予定だ。

趣味はコンピューターゲーム、ドライブ、自動車改造、そして意外にも登山。愛車はフェラーリ。

井上 淳

取締役 兼 国内事業部 部長

井上 淳

東京都板橋区出身。
代表とは幕張北高校(現:幕張総合高校)の科学部時代からの知己である。

社内では受託開発のリーダーを務める。ハードウェアにも精通し、IT技術全般にわたる深い造詣を持つ「万能人」だ。なかでもアナログから量子ビーム応用、デジタルに至る画像表示技術には特筆すべきものがあり、所有する機材の総額は数千万円にのぼる。自作PCにも常に最先端技術を取り入れ、アップデートを欠かさない。

天才的な計算力と記憶力、そして常人離れした独創性を併せ持つ彼の力は、今後の弊社ソフトウェア開発においても存分に発揮されるだろう。